終戦記念日に思う ― 2022年08月15日 11:34:18
毎年
この日に思うのは
ガタルカナルで亡くなった母の兄
私の叔父のこと
上陸しようとしたときに
敵の機銃掃射により
波打ち際で亡くなったと
のちに帰還した戦友が
親族に話したとのこと
遺骨はなく
骨壺には砂が・・・
子供の頃、いつもこの話を聞き
大人になったら、遺骨収集の仕事で
ガタルカナルに行きたいと思っていました。
写真のおじさんは、国鉄の職員で
制服を着ていて、ちょっと俳優の大沢たかおさん似。
子供の頃は
母が「よしおにいさん」を偲ぶためと
埼玉県の越生町にある
世界無名戦士の墓に足しげく通いました。
小高い山の上に建つ白い屏風のような建物
私たち姉妹にとっては
桜の美しい山はピクニックのようで・・・楽しかったのですが。
今思えば、桜が美しければ美しいほど
母の悲しみは大きかったのだと・・
今、それがわかる年に私もなりました。
また、
子どもころは、町のいたるところに
傷痍軍人と呼ばれる、
海軍の練習生のような白い服に帽子をかぶった軍人さんが
アコーディオンを弾いていて
子供心に、可哀そうより怖さが増してしまい・・
戦争が終わって10年ぐらい
手足の不自由で仕事が見つからなかったり
頼る親姉弟もいなかったのでしょう・・
社会復帰ができないことを
冷たく言う人もいたけれど
当事者にならないと
その気持ちはわからないよ・・と。
皆行きたくていった戦争地域じゃない・・・
その後、姿を見かけなくなりましたが
平成に入ったころ
とある山の中で、
看板に傷痍軍人の店と書かれたお土産屋さんがあり
この人の戦争は終わっていないんだと・・
悲しい気持ちなったことがありました。
のち、私も父と同じ道を選び自衛官になり
3等陸曹で退職しましたが、
当時は
みんなを守る精神を学んでいました
愛国心という言葉より
困っている人を助けたい!率先して
できる立ち位置にいるのなら
そうすべき!って・・・
若い日の話です。
今はもう、我が家の黒猫ルルを守るだけの日々(笑)
私が生まれた少し前に
第二次世界大戦が確かに行われていて
そして終戦になったという事実
老人施設で、たくさんご利用者から
戦争の記憶を聞いたこと
ひとつもいい思い出なんかなかったという事実
やっぱりこれは、スルーしてはいけない事だと。
今日は、改めて思い返す日にします。
この日に思うのは
ガタルカナルで亡くなった母の兄
私の叔父のこと
上陸しようとしたときに
敵の機銃掃射により
波打ち際で亡くなったと
のちに帰還した戦友が
親族に話したとのこと
遺骨はなく
骨壺には砂が・・・
子供の頃、いつもこの話を聞き
大人になったら、遺骨収集の仕事で
ガタルカナルに行きたいと思っていました。
写真のおじさんは、国鉄の職員で
制服を着ていて、ちょっと俳優の大沢たかおさん似。
子供の頃は
母が「よしおにいさん」を偲ぶためと
埼玉県の越生町にある
世界無名戦士の墓に足しげく通いました。
小高い山の上に建つ白い屏風のような建物
私たち姉妹にとっては
桜の美しい山はピクニックのようで・・・楽しかったのですが。
今思えば、桜が美しければ美しいほど
母の悲しみは大きかったのだと・・
今、それがわかる年に私もなりました。
また、
子どもころは、町のいたるところに
傷痍軍人と呼ばれる、
海軍の練習生のような白い服に帽子をかぶった軍人さんが
アコーディオンを弾いていて
子供心に、可哀そうより怖さが増してしまい・・
戦争が終わって10年ぐらい
手足の不自由で仕事が見つからなかったり
頼る親姉弟もいなかったのでしょう・・
社会復帰ができないことを
冷たく言う人もいたけれど
当事者にならないと
その気持ちはわからないよ・・と。
皆行きたくていった戦争地域じゃない・・・
その後、姿を見かけなくなりましたが
平成に入ったころ
とある山の中で、
看板に傷痍軍人の店と書かれたお土産屋さんがあり
この人の戦争は終わっていないんだと・・
悲しい気持ちなったことがありました。
のち、私も父と同じ道を選び自衛官になり
3等陸曹で退職しましたが、
当時は
みんなを守る精神を学んでいました
愛国心という言葉より
困っている人を助けたい!率先して
できる立ち位置にいるのなら
そうすべき!って・・・
若い日の話です。
今はもう、我が家の黒猫ルルを守るだけの日々(笑)
私が生まれた少し前に
第二次世界大戦が確かに行われていて
そして終戦になったという事実
老人施設で、たくさんご利用者から
戦争の記憶を聞いたこと
ひとつもいい思い出なんかなかったという事実
やっぱりこれは、スルーしてはいけない事だと。
今日は、改めて思い返す日にします。
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